ブログ

メダル至上主義

メダル至上主義に走るのであれば・・・

他の解説者とこんな話をしました。
メダル至上主義に、もしなっていくのであれば、
日本のスポーツはどうなる?のでしょうか

日本人に競技特性のあるスポーツだけに絞って
若い競技者を強化すれば、メダルの数は多くなると思います。

○階級制があるもの
これであれば、体格のハンディが少なくなるので外国勢とも充分に戦える
(柔道・ボクシング・レスリング・ウェイトリフティングなどが該当)

実際に・・・
ロンドン五輪でのメダル獲得の42%(16個/38個中)が階級のある
柔道・レスリング・ボクシング・ウェイトリフティングからでした。
金メダルに至っては内村選手の体操金メダル以外は、すべて階級のある種目。
なんと6個/7個中

リオ五輪ではメダル獲得の48%(20個/41個中)が階級のある種目
金メダルは58%(7個/12個中)

このことからも、もし日本がメダルを量産したいと思うのであれば
少なくとも東京五輪までは階級制のある種目しか、若い選手はしちゃダメ!
とかすればメダル量産は間違いなし(笑)

メダルを獲る、国費を使って選手が強化されているのだから、
その評価として、メダルの数が指標になるのは当然です

そもそも、メダルを獲得するのになぜ国費を使っているか?
国の代表ということで国威高揚や国民のナショナリズムを喚起させることや
経済効果が高いからこそ、国費を使うのでしょう。

世界的な賞(ノーベル賞とか)を日本人が獲得するなどがあれば、
国威高揚やナショナリズムの喚起はできるかもしれませんが、
五輪のように目に見えてその一体感がわかるのであれば
それを予算を使ってでも「買える」のであれば安いものなのかもしれません。

国全体の一体感を感じやすいのも、やはり日本人が世界で活躍している
その姿を目の当たりにでき、そこに至るまでのストーリーを共感でき、
一緒になって応援し、そのストーリーが結実する瞬間を目撃できる。

これはノーベル賞級の発見や成功をTVで中継されて観ることはできせん。
リアルタイムで偉業に触れることできる、というのはスポーツならではです。

メダルを獲得し、国旗が掲揚される、選手なら誰しも憧れる、そしてそれを観ている人も
「感動」をもらえるシーンです。
だからこそ、メダル獲得は重要な国費を投入している評価となるのでしょう。

しかし、我々はメダルを獲る姿だけしか感動し、一体感を感じ得ないのでしょうか?

つづく

Follow me!

関連記事

  1. ウォーキング・ランニング 良いフォームかどうかを簡単に判断する方…
  2. 運動生理学からのトレーニングのアプローチ
  3. 現代 五輪論④
  4. 回復(リカバリー)を考える ①
  5. 坂下千里子さん 歩き方の見方
  6. 自分の歩幅を知ることの重要性
  7. 筋肉だけは、速くなれない
  8. リオ五輪 競歩総括解説
PAGE TOP